2010年11月12日金曜日

図書館の寄り道 vol.1

依子はここ1週間ほどイライラしている。いつも使っている耳掻きが家で見当たらないのだ。特に急に必要というわけではないのだが、なぜこんなにもよく、耳掻きはなくなるのだろう。耳掻きはいつも依子の手からはなれると、棚の隙間や本の隙間に隠れて、しばらく姿を消すのだった。だいたいは定位置に、爪切りやメイク道具といっしょにしておくのだが、そもそも耳掻きはいつも決まったときに行うのではなく、あ、なんかかゆい気がする、という時に単品で使うわけなので、そのようなものとは別に、確固とした定位置を設ける必要があるのかもしれない。

それにしても1週間も出てこないと言うのはおかしい。洗面台の小さな箱や、収納棚、机の後ろなどくまなく見てもない。そんな時に限って、耳がざわざわして心も落ち着かない。今すぐにでも、耳の中の皮膚に刺激を与え、いつものあのスカッとしたたまらない気分を手に入れたい、そう思って心がはやるのだけれど、見つからないものは見つからない。しかもこの日の依子は、麺棒では手に負えないイライラを抱えていた。ああ、もう!

仕方がないので別の方法、即ち食べものを補給することによって、イライラをすこし解消しようと、洗濯しようと思っていたグレーのスウェットをもういちど身につけ、ノーブラでボーダーのよれよれのシャツをかぶり、髪の毛をそのへんに落ちていた黒いゴムでただ結った。素足でクロックスもどきのサンダルをひっかけ、歩いて30秒のマクドナルドへ行く。

カウンターでホームレスのおじさんと並びながら、ナゲットを単品持ち帰りで注文をすませ、「よこにずれてお待ちください」との指示に素直に従い、ナゲットが準備されるのを待ちながら、ズボンのポケットの小銭を漁っていると、何かが指にひっかかる。

耳掻きやんか。

そうだった。1週間ほどまえ、珍しく掃除をしていたさいに、ベッドと壁の間で落ちそうになっていた耳掻きをすんでのところで救済し、これはあとで適切な場所に収納しようと、とりあえずポケットにつっこんだのがそのままになっていたのであった。

依子は我慢できず、無心で耳掻きをこねくりまわして耳から全身に広がる快感に身をゆだねた。まるで初めて耳掻きを体験したかのような気分であった。ナゲットの準備ができた。お姉さんが呼びかけている。でも動きたくない。もうしばらく、この心地よさに、酔っていたい。




というストーリーが、あるのかも、ないのかもしれないと思いながら、マックで耳掻きに夢中になっている姉ちゃんを興味深く観察した。日常生活が、なんとも面白いなと思うのは、こういうとき。

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